磯村みどりさん(橘家桜子一座)と〈影向堂〉へお詣り
橘家桜子一座の磯村みどりさんと浅草雷門で待ち合わせ。
あれ、早速雷門前のお巡りさんとお話ししている磯村さん。
「私ね、おまわりさんとかいつも声かけるのよ。
今日、ここへ出てくるまでに何人の人に声かけたと思う?
すごいのよ。朝から「仕事よ~」って言ったら「暑いぞ~」って言うから
「暑いね~」ってもうめちゃくちゃ(笑)。」
と、雷門でも観光にいらしていた方にお声をかけてらっしゃいます。
「だってこんなことさ、恥ずかしくてねえ。」
と言いながらさすが大女優の風格っ。
「ここらへんにさ、餡子のこんなお餅があって、好きでいつも買ったの。変っちゃったのかなあ。」
とあたりを探す磯村さん。
「興津要先生って落語の本を書いている方とよくこのあたりに来てね。
必ずあんころもちを『これ、お父さんにお土産だよ、お嬢』って買ってもらったの。」
いいですねえ、それいつ頃のお話しですか?
「すいません、30年(!?)も前(笑)。」
おそらくこのお話しは「浅草餅」のことだと、後で調べて分かりました。
仲見世の『金龍山浅草餅本舗』さんで、今は秋冬にだけ売り出されるそうです。残念!
「それから、ここの脇に、アンデス?メンチカツの美味しいお店。永井荷風先生の。
この間もそこでメンチカツ食べたの。美味しいのよお!」
これはアリゾナキッチンさんのメンチカツのことでした。
永井荷風も通ったことで有名な老舗の洋食屋さん。こちらは後で磯村さんから教えていただきました。
「そうそう。私、ちょっとお礼したいところがあるんだけど。行っていい?人形焼で木村屋さん。」
もちろんです。伺いましょう。
「この間ね、銀座の博品館劇場でね、お芝居やってたの。
それで、私が、人形焼とほおずきを持って帰ってくるシーンがあったの。
「浅草行って来たわよ~」って。それで舞台上で、その人形焼を店の人に配るシーンでね。
そうしたら、ここから劇場まで毎日人形焼を届けてくださったの!
『口に入れるんだから焼き立てがいい』って言って。」
素敵!嬉しいですよねえ。
「地下鉄に乗ってね。本当にお芝居のまんまで。」
お芝居で使う小道具なのに「実際に食べるのだから美味しい焼き立てを」と届けてくださるなんて、
浅草の優しさですよね…。
仲見世をずんずん歩く磯村さんを追いかけます。
「仲見世もずいぶん変わりましたね。」
としみじみする磯村さん。…と、いきなり小走りになって!
「そうだ!あそこで柘植の櫛を買わなくちゃっ」
慌ててまた後を…!
やってきたのは、伝法院通りのよのや櫛舗さん。
「こんにちは。お邪魔します、磯村です。」
とお店をがらり。
よのやさんは、つげ櫛の専門店です。
「若い方もね、ブラシよりこっちのほうが、髪のためにもいいのよ。
皮膚にいいんですよ、頭皮にね。頭皮を大事にすると良い髪になるんです。だって、私、これ地毛だもん。」
すかさずお店の方が、
「磯村先生はお若い頃ね、あ、今もお若いんですよ(笑)。
でももっと若いころは、可愛らしいお姫様とかね、
もう、とにかくおきれいでしょ、可愛らしくて…」
「でしょう!?(笑)」
「AKBは問題じゃない(笑)。」
これがウワサの磯村さん。ホント可愛い~!です。
「かんざしも持ってるんです。柘植の。艶が出てね、きれいですよ。一生もの。」
と話しているうちに、奥から
「これまだ仕事途中なんですけど。これで良ければ、油入れますけど、椿油。」
「あら、じゃあすいません。これ私このあたり取材でくるっと回ってきたら、また来るから」
「いや、そんなに早くには。3、4日か…」
「え?そんなにかかるの?」
「いや、セット櫛なのでそんなには。1,2日…」
「じゃあ、1,2日。すいません、やったあ~!」
ということで、無事櫛をご予約。お邪魔しました。
「ほら、やっぱり来てよかったじゃない。」
とご満悦。
「興津要さんとご一緒の時はね。
そこの小柳さん
http://www.asakusa-umai.ne.jp/umai/koyanagi.html
で鰻食べてとかね、
梅園さん
http://www.asakusa-umezono.co.jp/
で甘い物食べてとかね、で、くるっと回って。
で、櫛はいつもその方が買って下さるの。そんな思い出があって。
30年、40年、50年とずっと来てるのよ。」
先ほどからお話しに上がる興津要先生とは、早稲田大学名誉教授で
近世文学や落語研究家として知られた方。
磯村さんの交友の広さが伺われます。
そんなお話しを伺いつつも
「メンチ、これ流行ってるのよね。」
とか。
「ここ、これ切子。ここのは江戸の切子だから、粋なんですね。
で、そんなに高くないんじゃないかな?」
とか。
とにかく私たちにたくさんの事を教えてくださいます。
と、磯村さん、また走り出しました!
「あ、走んなくていいです。危ないですから~。」
と追いかけるほうが息を切らせてます(笑)。
「こんにちは、磯村でございます。その節はいろいろお世話になりました。」
とやってきたのは、人形焼の木村屋本店さん。
「お元気そうで」
とご主人がお迎えくださいました。
元気です。ね、今度ね、台東区の演劇祭に私の企画が通って、やりますの。
宜しくお願いします。
ということで、今日は私が贔屓にしているお店を紹介してくれってことで。
いいよね?宣伝しよっ。
と言って、貰っちゃったりして(笑)。
いつも貰っちゃうのね。」
「頑張ってください。」
「やったあ!写真とってよ、ちゃんと。」
有難うございます~。
「もらっちゃった(笑)。」
はい、お店はこちらです。ご馳走様でした!
「それとね、こっち。
私、こういうのいっぱい集めてるの。小さくてね、好きなの。」
と江戸趣味小玩具の店助六さんのショーウィンドウに釘づけ。
▲江戸時代から続く玩具屋さんです。
http://www.asakusa-nakamise.jp/store/pop.php?sid=95
「いいでしょう?
夢があって。夢があるんですよ、たまんなく夢がある。」
さて、あちこち楽しみながら仲見世をずいぶん来ました。
観音様の境内に入りましょう。
「浅草って言ったら羽子板市とかもね。楽しいわよね。
羽子板の2尺っていうとこれくらいです(60センチくらい)けど、私、20本くらい持ってるの。
友達とかみんなで『さあ、男を買いに行こう、いい男を買いに行こう』っていって
羽子板市に来るんです。
で、男性のしか買わないの。歌舞伎俳優の。『この男いい男ね、これ買った~!』って(笑)。
それやっていたらいっぱい溜まっちゃった」
やっぱり、男性のカッコいいのがいいんですね。
「そりゃそうよ(笑)。」
このあたりには良く遊びにいらしていたんですか?
「私の父が、御徒町で時計と宝石の卸商をやってまして、
だから、しょっちゅうこっちのほうには、上野とかこの辺には遊びに来てたんです。
だから台東区とずっと縁があるの。」
磯村さん、ご出身はどちらですか?
「名古屋です。高校、大学は東京なんですね、その頃はもうNHKに(専属として)入っていて。
弟たちが大学で東京に来るときにね、
『もし芸能界に憧れるような弟が出たら、即やめる』ことっていう約束だったんだけど。
父がそれでも心配しちゃって、本社は名古屋だったのに、御徒町を本社を移して、
みんなで引っ越して来ちゃったの(笑)。
弟5人いるのよ、だから親は絶対さ、危険を感じるじゃない?」
それはそうですよね、お姉さん、東京で華やかにご活躍で…。
「それが誰も関心もたなかった(笑)」
あら。お姉さんカッコいいってならなかったんですか?
「ならなかったの(笑)」
話しながら宝蔵門へ。
この宝蔵門は、大谷重工業・ホテルニューオータニ創始者の大谷米太郎が寄贈したもの。
大谷米太郎は富山の人。
今年の1月には砺波市のチューリップが境内を飾っていました。
「どうして富山かっていうとね、
観音様はもともと富山県の砺波っていうお寺で盗まれたっていうのよ。
で、廻りまわって隅田川に上がったからって。その繋がりがあるんだって。」
浅草寺縁起には、本尊の聖観音菩薩は砺波市の
「東般若村東保田中の俗称観音堂」に由来するとあるとか。
そこに安置されていた像が持ち出され、628年に隅田川から出現したそうです。
他にも由来とされる寺は複数あるようですが。
賑わってますね。
「気持ちいいね。こんにちは。
お線香のにおいって大好き。」
「この間ね、浅草寺にお参りに来て、
外人の方がおみくじをどうやってやるんだって聞いていたから、こうやってって教えていたの。
で、じゃあ私も引いてみようって、引いたら大吉が出たの!
ここは凶ばっかりで有名なとこなのよ。
大吉はめったに出ないの。だからそれ持ってなさいって。めったに出ないって(笑)」
観音様のおみくじに凶が多いのは本当らしいです。
さて、公演の無事成功を祈ってお祈りしましょう。
さて、お詣りが済んだら本堂に向かって左手の東照宮のほうへ進みます。
「本当はこのあたりも皆さんに見てほしいんですけどね、なかなかね。
皆さん、回れ右って戻っちゃうでしょう」
「この石の橋とかね。こういうの見てほしいな。
ここから出ると花やしきでまたいいじゃない?」
はい、ではお写真撮らせていただきます。
「桜子さんだからね」
桜子さんって磯村さんとはキャラが違いますか?
「ま、こんなもんです(笑)」
橘家桜子一さんこと磯村みどりさん、本日は有難うございました。
まだまだ素敵な浅草探検、またご一緒させてください。
より大きな地図で 浅草散歩 を表示
- 前の記事を見る
- 次の記事を見る